釈迦の死

silhouette of mountain during sunset

紀元前5〜6世紀頃、釈迦(ゴータマ・シッダールタ)は古代インドの王子として生まれ、その後出家し、悟りを開いて仏陀(ぶっだ)となりました。

その後、インド各地に説法をして巡りました。

最後は、供養で出された食事が原因で、釈迦は食中毒で亡くなったと言われています。

食中毒の原因は豚肉かキノコ、と言われています。

釈迦の死

仏教の開祖者である釈迦(ブッダ)は、80歳でこの世を去ります。

死因は食中毒と言われています。

鍛冶屋のチュンダから供養を受けた後、激しい腹痛に襲われます。

釈迦は死期を悟り、マッラ国クシナガラにあるヒランニャバッティ河のほとりに行きます。

サーラ樹(沙羅双樹)の下で横たわり、頭を北にして、80歳で亡くなりました。注1)

釈迦が亡くなったことを「入滅(にゅうめつ)」と言います。

または「仏滅(ぶつめつ) 」ともいいます。

釈迦が説いた最後の教えのことを、涅槃経(ねはんぎょう)と言います。注2)

涅槃(ねはん)とは、悟りの境地で、苦悩や束縛から完全に解脱(げだつ)することです。

入滅の日の2月15日(陰暦)には、涅槃会(ねはんえ)という法要が行われます。注3)

暑さの厳しい古代インドで、食中毒で釈迦は亡くなり、

そして死をもって、仏陀(ブッダ)になった釈迦は涅槃に入ります。

釈迦(仏陀)の死後

釈迦は死後、マッラ族によって火葬されます。注4)

釈迦の遺骨のことを、仏舎利(ぶっしゃり)と言いますが、
釈迦の入滅後、仏舎利信仰が始まります。

釈迦の遺骨(仏舎利)をめぐり、帰依していた八大国の王達の中で、その分配に関して争いが起こります。

結果的に、遺骨は8分割されます。

残った灰も分割されました。

遺骨を収める仏塔(ぶっとう)(Stūpaストゥーパ)が建立されます。注5)

後に、奉納されていた仏舎利(ぶっしゃり)は、さらに細かく粉砕し、多くの寺院に配布されます。

今では、仏塔(ストゥーパ)の数が多すぎて、本物の仏舎利ではなく、舎利石(宝石)を奉納している仏塔も多くあります。注6)

開祖者である釈迦が亡くなった後、仏教は分派していくことになります。

参考文献

注1)参考文献」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』, 釈迦, URL https://ja.wikipedia.org/wiki/釈迦, 2023/04/21 
注2)「参考文献」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』, 涅槃, URL https://ja.wikipedia.org/wiki/涅槃, 2023/04/21
注3)「参考文献」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』, 涅槃会, URL https://ja.wikipedia.org/wiki/涅槃会, 2023/04/21
注4)「参考文献」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』, 仏舎利, URL https://ja.wikipedia.org/wiki/仏舎利, 2023/04/21
注5) 同上
注6) 同上
注7) 厚生労働省 「3 平均寿命の国際比較」URL https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/life00/life-3.html 2023/05/02

釈迦は、80歳のときに病で亡くなりました。

統計ではインド人の平均寿命は60歳過ぎですから、当時の寿命としてはかなり長生きだったといえます。注7)

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