釈迦が見つめていたもの

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ゴータマ・シッダールタ(釈迦)は大国に挟まれた小国の王子で、その時代は多くの国が乱立していました。

争いや恨み、民族の誇り、身分制度、生と死、貧困と病苦、

ゴータマ・シッダールタ(釈迦)は人間の持つ業と向き合うことになります。

仏教の教え

出家したゴータマ・シッダールタ(釈迦)は、真理に目覚め(悟り)仏陀となり、仏教の教えを説きました。

仏教の基本的な教えは、

「一切皆苦」(いっさいかいく)・・・人生は思い通りにならない

「諸行無常」(しょぎょうむじょう)・・・すべてはうつり変わる

「諸法無我」(しょほうむが)・・・すべては繋がりあって永遠不変の実体はない

「涅槃寂静」(ねはんじゃくじょう)・・・悟りの境地に到達すること

です。

ゴータマ・シッダールタ(釈迦)は乱世の世の王子として生まれました。

しかし、人の人生は欲と争いに巻き込まれ、絶対的な勝者もいないことをつまり不変のものはなく移り変わるものである、とその世の中を見ていたのでしょう。

そして、ゴータマ・シッダールタ(釈迦)は、青年期に、人が根本的に持つ苦難に気が付いてしまいます。

人生の4つの苦難

この世に生まれてきて、人には、避けることも逃げることもできない苦しみがあります。

人には、まず4つの苦難があります。

「生:生まれること」

「老:老いること」

「病:病気になること」

「死:死ぬこと」

生まれることがなぜ苦なのかというと、

人が生まれてきた時に、その後の苦を背負う人生が決まっているからです。

生まれそして生きて、生きる中で「老いや病苦や死」を経験しなければならないからです。

また、人は生まれを選ぶこともできません。

人は誰でも、

この「生・老・病・死」の4つの苦しみからは逃れられません。

そして、「生・老・病・死」を思い通りにすることもできません。

人は生まれ持って、苦しみを背負っている。

青年期のブッダは、この人の業に気が付きました。

四苦八苦

四苦八苦という言葉があります。

「切羽詰まった苦しみ」という意味です。

元は仏教用語です。

仏教では、「生・老・病・死」という人が持つ基本的な4つの苦難以外に、

他に4つの苦しみがあり、合計8つの苦しみがあると説いています。

基本的な苦しみ4つと、

残りの苦しみを加えた合計8つの苦しみ。

つまり、人には8つの苦しみがあるということです。

これを四苦八苦(しくはっく)と言います。

人には、人間関係の苦難がある

「生・老・病・死」以外にどんな苦しみがあるのでしょうか。

それは人の関係の苦しみです。

人間関係の中で人が持つ苦難とは、

愛別離苦(あいべつりく)

怨憎会苦(おんぞうえく)

求不得苦(ぐふとっく)

五蘊盛苦(ごうんじょうく)

の4つです。

愛別離苦(あいべつりく)とは、

家族や友人・恋人など、愛する人と死や生き別れなどでいつかは離れなければならない苦しみのことです。

怨憎会苦(おんぞうえく)とは、

生きていれば嫌な相手にも出会うことを避けられない苦しみのことです。人に対して恨みや憎しみ、嫌悪感を持つことから逃げられません。

求不得苦(ぐふとくく)とは、

欲しいものが手に入らない苦しみのことです。

五陰盛苦(ごおんじょうく) (=五蘊盛苦(ごうんじょうく))とは、

肉体と精神が思いどおりにならない苦しみのことです。

「五陰」とは、は人の肉体と精神を構成する5つの要素を意味します。

5つの要素は「色 (しき)、受(じゅ)、想(そう)、行(ぎょう)、識(しき)」で、

色 (しき):身体(肉体のこと)、

受(じゅ):感受(感じること)

想(そう):表象(想い心に描くこと)、

行(ぎょう):意志(意志を形成すること)、

識(しき):認識(識別・認識すること)、

となっています。

心や体が働くことによって、苦しみが湧いてくることを意味します。

ブッダが見つめていたもの

紀元前5世紀ごろに、ゴータマ・シッダールタ(釈迦)は古代インドの小国の王子に生まれます。

その頃の古代インドでは、インダス川流域に農耕社会が形成され、商工業も発展していきます。

しかし、十六大国という国(部族)が抗争を繰り広げており、その中で大国が出現していきます。

乱世の世の中で勢力を伸ばす国もあれば消滅していく国もある。

争いの勝者も、物質的な豊かさの勝者も、生まれてはやがて消滅していく。

不変的なものはない。

転換期の古代インドの社会の中で、司祭階級のバラモンの権威が落ち、俗世から離れた修行者たちが出現していきます。

王族であったゴータマ・シッダールタ(釈迦)は、乱世の中で世の移り変わりを見ながら、出家し一人の修行者として歩みだすのです。

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