
紀元前5〜6世紀頃、ゴータマ・シッダールタ(釈迦)は古代インドの釈迦族の長男の王子として生まれ、世継ぎとして育てられます。
ゴータマ・シッダールタ(釈迦)は妻をめとり、跡継ぎ息子も生まれます。
しかし、その後妻子を捨て出家し、悟りを開いて仏陀(ぶっだ)となりました。
ゴータマ・シッダールタ(釈迦)が出家した後の釈迦族はどうなったのでしょうか。
釈迦国の悲劇
その後、釈迦族は誰かが継いで繁栄したのでしょうか?
実は、釈迦が生きている間に、釈迦族はコーサラ国王の侵略を受け滅亡してしまいます。
つまり、釈迦は晩年に、祖国も釈迦族も消滅する悲劇を経験します。
コーサラ国の父王から王位を継いだヴィドゥーダバ王は、釈迦国に攻め入ります。
ヴィドゥーダバ王が釈迦国に何度も攻め入る時に、ゴータマ・シッダールタ(釈迦)が現れ、王と対話を行いコーサラ国の進軍を止めました。
しかし4度目の進軍の時には、ゴータマ・シッダールタ(釈迦)が現れず、ヴィドゥーダバ王によって釈迦族は攻め滅ぼされます。
ヴィドゥーダバ王の怒り
ヴィドゥーダバ王はなぜ何度も釈迦国に攻め入り、そしてゴータマ・シッダールタ(釈迦)は最後には姿を現さなかったのでしょうか。
伝承では、ヴィドゥーダバ王は釈迦族に怒りを持っていたと言われています。
ヴィドゥーダバ王の父王だったコーサラ国のパセーナディ王は、自分の妃に釈迦国の王女を迎えたいと要求しました。
父王パセーナディ王は釈迦に信奉し仏教に帰依していたため、釈迦族から縁続きになろうとしたと言われています。
実はこの結婚には、カースト制度による身分が関係していました。
釈迦族は高位なカーストの身分を持ち、王族の純血主義を誇りにしていました。
パセーナディ王は信仰心だけではなく、高いカーストを持つ釈迦族の王女を自分の王妃迎え、生まれる王子に高位のカーストの血が入ることを考えたのです。
しかし、釈迦国はカースト身分への誇りが高く、下位のカーストのコーサラ国に王女を差し出しそうとはしませんでした。
しかしながら釈迦国は小国で強大なコーサラ王国の属国で、コーサラ国からの要求を無視することはできない立場でした。
そこで釈迦国は、王女ではなく下女の娘を王女と偽ってコーサラ国に嫁がせます。
この娘はパセーナディ王に嫁ぎ、王妃となってヴィドゥーダバを産みます。
成長したヴィドゥーダバは母方の釈迦国を訪ねた時に、自分の母が下女だった秘密を知り、また釈迦族から奴隷の子と罵りを受けます。
酷い屈辱を受けたヴィドゥーダバは復讐心を抱き、王位を継ぐと釈迦国に侵攻します。
4度目の侵攻で、釈迦族は殺され滅亡してしまいます。
釈迦族は血筋を重んじるあまり、傲慢な行為を行いました。
釈迦族の滅亡は、釈迦族の業が招いた因縁でもあります。
ゴータマ・シッダールタ(釈迦)は祖国の釈迦国のために ヴィドゥーダバ王を 3 度説得しますが、 4 度目は因果応報に任せたと言われています。
この故事は由来となって「仏の顔は三度まで」のことわざが伝えられています。
因果応報を考える
仏教思想では「因果応報(いんがおうほう)」という考え方があります。
これは、
前世や過去の行いによって、それに応じた報いを受けること
という意味です。
釈迦族は、下女の娘を王女と偽ってコーサラ国に嫁がせ、生まれた子(ヴィドゥーダバ)を罵りました。(悪い行い)
その子(ヴィドゥーダバ)によって釈迦国は滅ぼされてしまいます。(悪い報い)
釈迦族は高いカーストの身分に奢り、その結果滅亡します。
やった行いに対して報いが返ってくるという考え方です。
釈迦族を皆殺しにしたヴィドゥーダバは、その後どうなったでしょうか。
ヴィドゥーダバは、コーサラ国王だった父から王位を奪い、大軍を率いて釈迦国に攻め入ります。
(父王は失意の中、その後死亡。)
王となったヴィドゥーダバは、釈迦国を攻め滅ぼします。
また、ヴィドゥーダバ王は帰城後、侵攻に加わらなかった兄も殺害したと言われています。
ゴータマ・シッダールタ(釈迦)は、そのヴィドゥーダバ王の死を予言し、
予言の通り、ヴィドゥーダバ王と軍は災害によって死んでしまいました。
釈迦国の滅亡は防げたか
釈迦国の滅亡の起因は、他カーストの他民族との婚姻をしない習わしが原因だったのでしょうか。
釈迦国は当時小国であり、コーサラ国やマガダ国といった大国が勢力を伸ばしていたこと、
世継ぎであったゴータマ・シッダールタ(釈迦)が出家したこと、
釈迦国の滅亡の源流は、これかもしれません。
ゴータマ・シッダールタ(のちの釈迦)は聡明な王子だったらしく、釈迦が始めた仏教では平等観が唱えられています。
ゴータマ・シッダールタ(釈迦)がもし出家せずに跡継ぎになっていれば、下女の娘を王女と偽ってコーサラ国に嫁がせることはしなかったかもしれません。
聡明であれば、大国との関係を模索したでしょう。
王族というのは特権階級だけではなく、国や民を守る立場にあります。
しかし、ゴータマ・シッダールタ(釈迦)は王族の立場も妻子も俗世も捨てて、出家してしまいました。
祖国も祖国の民も滅亡する状況を、ゴータマ・シッダールタ(釈迦)は最後なぜ眺めていたのでしょう。
紀元前6世紀の古代インドでは十六大国(16の都市国家)があったと言われています。
その中で二大勢力としてコーサラ国とマガダ国があり、覇権争いをしていました。
ゴータマ・シッダールタ(釈迦)が生きた時代は、
多くの国同士が争い合い、強い国が支配を伸ばしている時代だったのです。
釈迦族の王女をコーサラ国に嫁がせていたとしても、釈迦族は大国コーサラ国に飲み込まれたでしょう。
釈迦族を滅亡させたコーサラ国も、結局マガダ国に滅ぼされます。
最終的にはマガダ国が他国を征服して、全土を掌握します。
その後いくつもの王朝が出現し、滅んでいきます。
紛争は終わらず、敗者は滅亡し、勝者もやがて入れ替わっていきます。
釈迦が眺めていたのは、人間の業と世の中の無常さだったのかもしれません。


