
原始仏教は上座部と大衆部に分派し、さらに分派していきます。
そして庶民救済を重視した大乗仏教が生まれ、日本にも大乗仏教が伝来します。
6世紀、日本に仏教伝来
古代インドでゴータマ・シッダールタによって、仏教が誕生しました。
その後中央アジアを経て中国に伝わり、中国の儒教思想の影響を受け漢字に翻訳され、朝鮮半島を通って欽明天皇の時に百済より日本に仏教が伝来しました。
仏教支持派の蘇我氏と排仏派の物部氏が政権争いで対立し、蘇我氏が勝利します。
仏教を支持する蘇我氏は、渡来人とのかかわりが深かったと言われています。
蘇我氏と廐戸皇子(うまやどのみこ)は外来仏教を基盤に新しい国家体制を作り上げていきます。
日本でも法隆寺や四天王寺が創建され、日本最初の成文憲法である「十七条憲法」が制定されました。
奈良仏教から鎌倉仏教まで
その後、奈良時代に奈良仏教と呼ばれる仏教宗派(南都六宗)が普及します。
(南部とは平城京のことを意味します。)
奈良の東大寺には大仏が建立されました。
奈良仏教は国家の庇護を受け、国を守護するための国家仏教でした。
庶民のための仏教というよりは、国を守るための仏教という形で、僧侶は国のために祈り働くことが主でした。
平安時代に入ると、密教が日本に伝来します。
密教は大乗仏教の思想やヒンドゥー教の影響を受けてインドで誕生しました。
頻発する自然災害の世の中で、現世の救いを求めて(つまり生きている間に救われたい)密教が普及します。
平安仏教の密教系の「平安二宗」とは、真言宗(開祖・空海)と天台宗(開祖・最澄(さいちょう)です。
やがて、民衆の救済活動により重きを置く鎌倉仏教が興起し、民衆に広がります。
国を守る目的の奈良仏教とは異なり、鎌倉仏教は民衆の救済に目を向けたため、現在の仏教においても信者数が多くなっています。
浄土宗、浄土真宗、日蓮宗、曹洞宗、臨済宗が広まりました。
この時代、庶民に向けて仏式の葬式(穢れ)が行われるようになっていきます。
江戸時代の檀家制度
江戸時代では幕府によって寺請制度が行われました。
徳川幕府は、すべての民衆にどこかの寺院の「檀家」として登録を強制しました。
江戸時代の檀家制度とは、キリスト教を排除するためにすべての民衆に仏教徒であることを強制する制度です。
庶民は特定の寺院に所属してお寺にお布施(会費)をして支援し、寺院は檀家の葬儀や供養などの仏事を行いました。
檀家制度の崩壊
徳川幕府が行った檀家制度によって寺院は経済的安定を手に入れ、特別な布教が必要なくなっていきます。
宗教的な意味合いが薄れていき、葬式のときしか必要とされない葬式仏教の形ができていきます。
明治維新以降檀家制度が亡くなり、宗教観を自覚しない人が増えていきます。
また単なる寺離れや家制度の終焉だけではなく、現代では少子高齢化が進み、次世代が消滅していく時代になりました。
葬式自体を行わない人も増えています。
芸術としての寺院や仏像の維持も今後どうなっていくのでしょうか。


