仏像の目は半眼?一重?

a close up of a face with eyes closed

性格は顔に出ると言われますが、

温和でやさしい顔のことを「仏顔」(ほとけがお)といいます。

仏像の多くは、微笑んでいてどこか無表情にも見えます。

なぜ温和な表情に見えるのでしょうか。

それは仏像の多くが半眼だからです。

仏像の目は半眼?

如来像(にょらいぞう)の目を見ると、細長い半眼(はんめ)状態です。

目を閉じているわけでもなく、見開いているわけでもない眼をしています。

なんとなく眠たそうな眼(まなこ)にも見えます。

一方、明王は目を見開いて、人々を睨んでいる表情をしています。

教えに従わない者たちを、明王は怒りで導く役割があるからです。

威嚇の目なのです。

では、如来や菩薩が、目を見開くでもなく、閉じてもいない表情をしているのはなぜでしょうか。

慈悲の目にも見えます。

一般的に、仏像の目に半眼(はんがん)が多い理由は、

「外の世界」と「内の世界」を同時に見ているのです。

つまり、外界を見ていると同時に、自分の心の内面を見つめている。

それが半眼なのです。

仏が見ている世界は、目に見える物と見えない物の両方を見ているのです。

また、時には瞑想の世界を見ています。

悟りを開いた表情が、柔和な表情を作り出しています。

仏の目は細長い印象がありますが、実は半眼の目をしているため細長く見えるわけです。

仏像の目は一重?

日本の仏像を思い出すと、仏像の多くが一重まぶたです。

飛鳥時代の仏像などでは、二重まぶたで作られたりしています。

瞼(まぶた)には、一重まぶたと二重まぶたがありますが、
一般的には、日本人には一重まぶたが多く、アメリカ・ヨーロッパの白人には二重まぶたが多いと言われています。

日本の仏像に一重まぶたが多いのは、日本人に一重まぶたが多いからなのでしょうか?

通説では、縄文人は二重、弥生人は一重、と言われています。

昔、学校で習った説は、

日本人は在来の縄文人と渡来系の弥生人との混血である。
つまり、縄文人が住んでいた日本列島に、弥生人が朝鮮半島から渡ってきて混血を繰り返し、現在の日本人になった。

この定説が確定なのかの議論は別にして、
日本の仏像に一重瞼が多いけれど、別に二重まぶたの仏像を制作しても問題はなさそうです。

ゴータマ・シッダールタは二重まぶたの可能性?

ゴータマ・シッダールタの属する釈迦(シャカ)族は、アーリア人と推測されています。

アーリア人は、インド・ヨーロッパ語族に属する人種です。
アーリア人のイメージは、背が高く、手足が長く、鼻が高く、青い目で、二重まぶた、という感じです。

定説はありませんが、仏教の開祖者であるゴータマ・シッダールタは、もしかして二重まぶただったのかもしれません。

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